
図書館で、寝かしつけ前の絵本を選んでいたとき。

あ、なつかしー!
思わず手に取った本があった。
『となりのせきのますだくん』
私が小学校に入学する前ぐらいに読んだ本。
今31歳だから、初めて読んだのはたぶん25年くらい前。
せっかくなので、借りることにした。
小さい頃の私は、ますだくんがただただ嫌いだった
小学校入学前の私の記憶では、ますだくんはただただ嫌な奴だった。
「こんな乱暴な子、嫌だ」
「みほちゃんがかわいそう」
「ますだくんが全部悪い」
そう思っていた。
当時の私は、保育園の年長さんとかだから
好きな子がいたら普通に「好き」って言ったり、
手を繋いで歩いたり。
周りもそうだから、
好きな子にちょっかいを出すとか、
わざと意地悪するとか、
そんな発想がまだなかった。
なので、ますだくん側の気持ちは
まったく想像できなかった。
「なんでそんなことするん?」
「好きなら優しくすればいいのに」
「嫌なことしたら嫌われるやろ」
子どもの頃の私は、たぶんそんな感じで読んでいたから
ますだくんはずっと私の中で「嫌な子」だった。
31歳になって読み返したら、あれ?となった
でも今、31歳。
学生時代を経験して、
いろんな人に出会って、親になった。
もうすぐ3歳と4歳になる子どもたちに、
あらためて読み聞かせをしながら、

あれ。ますだ、そんな嫌なやつじゃない。
ますだくんって、ただただ、まっすぐなだけなんじゃない?
まっすぐすぎて、ぶつかる。
気持ちが強すぎて、距離感を間違える。
好きとか、気になるとか、仲良くしたいとか、
そういう気持ちの出し方がまだ分からない。
でも、1年生だもんね。分からなくてもおかしくない。
子どもの頃は「嫌な奴」で終わっていたのに、
大人になった私は、別の視点で見てた。
ますだくんのご両親も4人の子どもを持ち、
大変だったろうに一番上のお姉ちゃんはとてもやさしいし、
とてもよい育児をされておられる。
そんな目線もあった。
えんぴつ事件は、さすがに弁護できない
とはいえ。
『となりのせきのますだくん』の中には、
ますだくんがみほちゃんのえんぴつを折った、という話が出てくる。
ここは読みながら思った。
おい、ますだ。
これはさすがに弁護できないぞ。
これに関しては、あんたが完全に悪いぞ、と。
みほちゃん。大事なモノ壊されて悲しかったよね。
でもね、大事なものを学校に持ってくるなよ。
って気持ちもあるよ、私は。
これを機に、学んでくれたらいいな。
さらに教員も経験した私。
「校内で問題を起こすから教師が対応しないといけない」
「放課後、別のところでやってくれ」
「こういうのをきっかけに、
におい付きえんぴつが禁止になるんやろうな」
子どもの頃は「ますだくん最悪」で終わっていたのに、
今は感情が忙しい。
『ますだくんの1ねんせい日記』で、さらに揺さぶられた
今回、ますだくんシリーズを図書館で全部借りてみた。
ますだくんシリーズは、全部で5冊。
その中で、となりのせきのますだくんの次に読んで欲しいのが『ますだくんの1ねんせい日記』。
ますだくん目線のえんぴつ事件のエピソードが書かれている。
これを読んで、えんぴつ事件に対する印象が変わった。
ポイントだけいうと
- ますだくんが、えんぴつを折る気は一切なかった
- 最終的に折った(とどめを刺した)のは別の子だった
ここで私は、思った。
ますだくん、言えるやん。
「俺は折ってない」って言えるやん。
最後に折ったのが別の子なら、
「最後に折ったのは俺じゃない」
「俺だけが悪いわけじゃない」
って。
そう主張することもできたはず。
そして私は、そういう場面を見たことがある。
子どもでも、大人でも、
自分の責任を少しでも軽くしようとして
「最終的にしたのは私じゃない」
「私だけが責められるのっておかしくない?」
そんな発言する場面。
でも、ますだくんはそれを言わないし、
きっと本人の中では自分が悪いって思っている。
そして、ますだくんは次の日、
折れたえんぴつを不器用にテープで巻きつけて返す。
(現実だったら、弁償して親が一緒に謝りにいくよね)
そして、みほちゃんに謝る。
そして、謝ったあと、ぶつ。
そこは、ぶつなよ。
小学1年生のますだくんが、自分で考えて
次の日にちゃんと謝りに行くって、すごくよね。
自分が小学1年生だったとして、同じことができたかな。
「謝らないといけない」と分かっていても、
謝ったら自分だけが悪いみたいで言えなかったかもしれない。
「折った子も一緒に謝るなら」って言ったかも。
自分が悪いと分かっていても、素直に謝れないことはある。
大人でもあるし、むしろ大人のほうが、いろんな言い訳を考える。
ますだくんは逃げない。
ますだくんを「嫌な奴」で終わらせられない31歳の春。
自分の中に、みほちゃんもますだくんもいる
自分の中に、みほちゃんがいる。
理不尽なことを言ってくる相手に対して、
「巻き込まれたくないな」
「これ以上、何か言われたくないな」
と思って、主張しない。
この感じ、めちゃくちゃ分かる。
巻き込まれたくないから、その場をやり過ごすほうを選んでしまう。
でも同時に、ますだくんも自分の中にいる。
みほちゃんみたいに、おどおどしている子にイラッとした経験もある。
だから大人になって読むと、
「みほちゃんかわいそう」「ますだくん最低」
だけでは語れない一冊。
作者すごい。そして絵がめちゃくちゃカワイイ。
自分の中に、みほちゃんもいる。
自分の中に、ますだくんもいる。
でも、我が子がされたら話は別
ここまで書いておいて、なんだけど。
もし我が子が、保育園や小学校で
ますだくんみたいな子に出会って、嫌な思いをして帰ってきたら。
私は、たぶんますだくんのことをめちゃくちゃ嫌いになる。と思う
相手にも事情がある。
不器用なだけかもしれない。
まっすぐな子なのかもしれない。
でも、我が子が嫌な気持ちになったら、そんな事情一切知ったこっちゃない。
いじわるした子を、裏で「ますだ」って呼ぶと思う。
親という、また別の視点が増える。
孫が産まれたら、祖母って視点も増えるはず。
我が子には、ますだくんにも、みほちゃんにもなってほしくない。
誰かを傷つける側にもなってほしくないし、
傷つけられて黙っている側にもなってほしくない。
でも実際は、どちらになる日もあるんだろうな。
同じ本。変わったのは「読む私」
子どもの頃の私は、ますだくんが悪いと思ってた。
31歳になった私は、ますだくんもみほちゃんも、どちらの気持ちも少し分かるようになった。
子どもが小学校に入学したら、また今とは違う見え方になるかもしれない。
読む人の経験。
今いる立場。
守りたいもの。
それによって、ますだくんの見え方は変わる。
『となりのせきのますだくん』は、そんな一冊だった。
また、子どもが入学したら読んでみよ。